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横浜地方裁判所 昭和52年(レ)74号 判決

控訴人(原審原告) 杉屋商事こと杉谷源治

被控訴人(原審被告) 川一男

主文

一  原判決を取消す。

二  本件を神奈川簡易裁判所に差戻す。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人(控訴の趣旨)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の申請にかかる建築基準法四二条一項五号の規定による道路位置の指定につき、別紙目録(14)記載の土地の所有者として、また同目録(3) 記載の土地の隣接地所有者として、道路位置の指定がなされることの承諾をせよ。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

旨の判決。

二  被控訴人(控訴の趣旨に対する答弁)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

旨の判決。

第二当事者の主張

一  控訴人(請求原因)

1  控訴人は、訴外横浜市長(特定行政庁)に対し、建築基準法(以下「法」という。)四二条一項五号の規定により、道の築造者として別紙目録記載の各土地(以下「本件道路敷」という。)について道路位置指定の申請手続をしようとする者である。

2(一)  控訴人の代理人である訴外黒田治宣は、昭和四四年五月頃被控訴人との間で、控訴人が本件道路敷について法四二条一項五号に規定する道路位置指定の申請手続をするときは、被控訴人が別紙目録(14)記載の土地の所有者として、また同目録(3) 記載の土地の隣接地所有者として、道路位置の指定がなされることの承諾をする旨の契約を締結した。

(二)(1)  控訴人はかねてから宅地の造成、分譲等を業としている者であるところ、横浜市港北区高田町字上耕地四五番二の宅地(被控訴人が現在所有)を含む付近一帯の土地について、公道から入つて「コ」の字型に進んで公道に出られるような本件道路敷(私道)を設けるとともに、この道路敷に接する一〇数区画の宅地を造成し、次いでこれを買受希望者に分譲したのであるが、その際本件道路敷を一〇数区画に分割したうえ、その買受宅地から見れば飛地となる部分をそれぞれの買受宅地と合わせて買取らせた(私道の一部負担付売買契約)。このようなやり方でその一〇数区画の宅地とこの数に符合する本件道路敷の各部分とは控訴人から訴外大栄建設株式会社ら第三者に全部譲渡され、右道路敷の各部分は合して事実上の道路を形成し、供用されてきている。控訴人としては、本件道路敷について、後日、特定行政庁たる横浜市長に対し法四二条一項五号所定の道路位置指定の申請手続をする予定であつた。

(2) 被控訴人は、昭和四三年一一月大栄建設株式会社から前記横浜市港北区高田町字上耕地四五番二の宅地を同宅地上の建物とともに買受けたが、その際既に本件道路敷の一部を形成していた別紙目録(14)記載の土地(この土地は右四五番二の宅地と離れている)をも合わせて買受けた(私道の一部負担付売買契約)。

(3) 右四五番二の宅地は本件道路敷の一部をなす他人所有の別紙目録(3) 記載の土地に隣接している。

(4) 控訴人は、昭和四四年五月頃、法四二条一項五号の規定により道の築造者となつて本件道路敷について道路位置指定の申請手続をすることとし、被控訴人との間に前記(一)のとおりの契約が成立した。

3  よつて、控訴人は、被控訴人に対し、前記2(一)の契約に基づき控訴の趣旨2項記載のとおり道路位置指定申請の承諾を訴求する。

4  仮に前記2(一)の契約が認められないとしても、控訴人又はその代理人である訴外村上雄三は、昭和四九年一二月ないし昭和五〇年一月被控訴人との間で前記2(一)の契約と同旨の契約を締結した。

よつて、控訴人は、被控訴人に対し、右契約に基づき控訴の趣旨2項記載のとおりの承諾をなすことを求める。

5  仮に以上の契約がいずれも認められないとしても、被控訴人が控訴人のなす道路位置指定の申請手続に必要な承諾をしない(承諾権の不行使)のは、権利の濫用であつて、被控訴人は右手続をする義務がある。即ち、

被控訴人は、本件道路敷について道路位置の指定があり、隣家である訴外藤島寅治宅で増築がなされると、窓合わせになり家が接近して不便になるということを前記承諾をしないことの理由の一つとするが、右増築は総二階にし増築部分は物置きになるのであるから被控訴人の言分は意味が分らないものであるし、また確かに道路位置の指定がなされると、被控訴人所有の別紙目録(14)記載の土地の所有権は制限を受けることとなるが、私道部分として買つたわずか一九・三六平方メートルの土地であり、被控訴人において右土地を道路以外の用途に利用する計画がある訳でもない。一方、関係住民一〇数名のうち被控訴人一人が承諾をしないことによつて、公道に接しない関係住民の建物は一様に違法建築となり、また藤島寅治は増築したくても建築確認が得られないのである。このように本件道路敷について道路位置の指定がなされないことによつて被る関係住民の不利益はそれがなされることによつて被る被控訴人の不利益に比べ著しく大きいものであつて、被控訴人が前記承諾をしないこと(承諾権の不行使)は権利の濫用として許されない。

6  なお原判決は、「控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、私権の内容の実現を求めるものでもなければその創設、変動のあつたことにつき登記、登録等の申請に協力方を求めるものでもないから許されない。」と説示しているが、本訴において控訴人が被控訴人に求めている承諾は、道路敷の所有者等から道の築造者(道路位置指定の申請者)に対してなされる対等な私人間の意思表示であり、また右承諾をすることは、道路位置の指定があると所有権等の私法上の権利を実質的に失う等のことからみて私権の実質的変動についての合意と解することができるのであるから、本訴請求は私権の内容の実現を図るものというべきである。そしてこのような関係は不動産登記法一四六条一項が登記の抹消を申請するにつきその抹消につき利害関係を有する第三者があるときは、その者の「承諾」を得べき旨を規定しているが、右承諾をしない第三者に対しては訴をもつて右承諾の意思表示を求めることができるとされているのと同じである。また実際問題として、当初から本件道路敷の一部に供されるべき土地として負担付の買主において道路位置指定の申請手続をなす旨約束した者が、その義務を履行しない場合、この者に対し承諾を訴求することができないとすれば、私道の築造者、関係住民(建築確認を得ようとする者)は法的救済を受けることができない結果となり、その不当なことは明らかである。従つて本件請求は適法であり、かつ認容されるべきである。

二  被控訴人

(本案前の主張)

控訴人が本訴において被控訴人に求める承諾は、公法である法四二条一項五号に規定する道路位置指定の要件であつて公法上の行為であることは明らかであるから、本訴は、公法上の行為の実行(意思表示)を求めるものとして民事訴訟上許されず、不適法として却下されるべきである。

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実について 不知。

2 同2の事実について (一)は否認する。(二)のうち、(1) は不知(但し、横浜市港北区高田町字上耕地四五番二の宅地を被控訴人が所有していることは認める)、(2) は認め、(3) は不知、(4) は否認する。

3 同4の事実について 否認する。

4 同5について 別紙日録(14)記載の土地が私道部分として買つたもので、その面積が一九・三六平方メートルであること、被控訴人が控訴人主張の承諾をしていないことは認め、その余は争う。

三  被控訴人(抗弁)

仮に被控訴人が控訴人との間で控訴人主張のとおりの契約を締結したとしても、請求原因4に主張の契約締結後遅滞なく被控訴人のなした意思表示を撤回した。

四  控訴人(抗弁に対する認否)

抗弁事実は否認する。

五  控訴人(再抗弁)

仮に被控訴人主張のとおり意思表示の撤回がなされたとしても、それは信義則に反し許されない。

六  被控訴人(再抗弁に対する認否)

再抗弁事実は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  訴の適法性について

1  成立に争いない甲第四、第五号証の各一、第七ないし第一一号証の各一、第一三号証の一、第一六、第一七号証の各一、証人黒田治宣の証言、控訴人本人の供述(いずれも原審)により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一(但し、官署作成部分は成立に争いがない)、同号証の二ないし五(但し、同号証の三、四のうちの被控訴人作成名義部分は除く)、証人黒田治宣、同村上雄三、同増田己一、同藤島寅治の各証言(いずれも原審)、控訴人(原審)、被控訴人(当審)各本人の供述及び弁論の全趣旨を総合すると、請求原因1、2(二)(1) ないし(3) の各事実、本件道路敷(巾員約四・五メートルの私道)について道路位置指定の申請手続をするのに必要な関係権利者(関係住民)一〇数名の承諾書のうち被控訴人の分だけが得られないため、控訴人において右申請手続をしても道路位置の指定を受けることができず、公道に接する宅地を所有している被控訴人ら二-三名を除く関係住民一〇数名は法所定の建築確認を受けることができないで困惑していることが認められる(但し、横浜市港北区高田町字上耕地四五番二の宅地を現在被控訴人が所有していること、請求原因2(一)(2) の事実、被控訴人が右承諾手続をしないことは当事者間に争いがない。)。

2  ところで被控訴人は、「本訴は公法上の行為の実行(意思表示)を求めるものであるから、民事訴訟上許されず、不適法として却下されるべきである。」旨主張する。

なるほど、建築基準法施行規則九条及び横浜市建築基準法施行細則一〇条によると、「法四二条一項五号の規定による道路位置の指定を受けようとする者は、申請書に当該土地の所有者等関係権利者の承諾書を添付すべきもの。」と定められているが、その趣旨は、道路位置の指定がなされると、以後当該土地の所有者等関係権利者は、道路内の建築制限(法四四条一項)、道路の廃止又は変更の制限(法四五条)というような土地所有権等の権利に対する重大な公法上の制限を受けることになるので、その所有者等関係権利者の承諾がある場合に限つて右指定をなしうることとしたものと解されるから、道路位置の指定を受けることに対する所定の権利者の承諾は道路位置指定処分の必要不可欠な前提要件をなすものというべきであつて、同処分の有効要件であるといわざるをえず、かかる公法上の効力を有する建築基準法施行規則九条及び横浜市建築基準法施行細則一〇条所定の権利者の承諾書(承諾)は講学上のいわゆる私人の(なす)公法行為にも当るものというべきである。

しかして、前記1認定事実関係を前提にして考えるに、本件紛争は、既に共同で開設されている私道(即ち本件道路敷)を、これに接続する(公道に面していない)各分譲宅地上の建築確認を得るためには、法所定の道路として確保することが不可欠であることから、道路位置指定(行政上の規制)を受ける必要に迫られている実情にあるところ、それにもかかわらず(一〇数分の一の私道提供者にすぎない)被控訴人のみが「私道に供されること自体には、将来とも、異存ないが、これに道路位置指定を受けることには承諾できない。」旨の態度を固執するに至つていることにある。そして本訴請求の内容は、本件道路敷に面する一帯の宅地造成者たる控訴人が被控訴人に対し、両人の間で締結された「被控訴人が右承諾をする。」旨の契約に基づき、或いは右承諾をしないこと(承諾権の不行使)が権利の濫用であるとして、控訴の趣旨2項記載のとおりの承諾(意思の陳述)を訴求するものであり、これは、私人が私人に対し契約等により取得した実体法上の権利に基づきその承諾義務の履行を求めるものであるから、そもそもその義務の履行が他面、私人の(なす)公法上の行為に当るとしても、その由をもつて直ちにかかる義務の履行を求める訴を不適法とすべき理由はない。しかも右のような私人間の紛争解決の手段として有効適切かつ簡便な方法であることからして、本件で要請されている「承諾書」に代えて、民法四一四条二項・民訴法七三六条に基づく「承諾(意思の陳述)を命ずる判決の正本」をもつて充足される(即ち被控訴人自身が承諾書を作成提出したのと同一の効果が発生する)べきであるから、この承諾を求める本訴請求は民事訴訟上許される訴であると解するのを相当とする。

二  従つて、本訴は適法であるというべきであるから、この結論と異る原判決は不相当であり、かつ「本訴は、請求自体許されない。」として、控訴人主張の契約及び権利の濫用の成否という実体法上の権利の存否について判断することなく、本訴請求を棄却しているのであるが、民訴法三八八条は事実審理に関する審級の利益を保障した規定であるから、原判決の主文が「請求棄却」となつていても、本案について判断していない以上、同条にいう「訴ヲ不適法トシテ却下シタル」判決に当るというべきであり、かつ右の判断を加えるならば原判決と異なる結論になる可能性があるので、同条を適用して原判決を取消し、本件を原審裁判所に差戻すこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 龍前三郎 坂主勉 山口博)

(別紙) 目録〈省略〉

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